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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)7号 判決 1985年7月30日

原告

太田美好

右訴訟代理人弁理士

足立勉

被告

株式会社オンダ製作所

右代表者

恩田勝

右訴訟代理人弁護士

阿部幸孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  特許庁が昭和五七年審判第八三〇七号事件について昭和五八年一〇月三一日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「蛇口接続金具」とする、別紙(一)の図面に記載のとおりの構成からなる登録第四二八一五二号意匠(昭和四七年四月八日登録出願、昭和五一年三月一七日設定登録、以下「本件登録意匠」という。)の意匠権者であるが、被告は、昭和五七年四月二六日原告を被請求人として、本件登録意匠につき登録を無効にすることの審判を請求し、昭和五七年審判第八三〇七号事件として審理された結果、昭和五八年一〇月三一日、本件登録意匠の登録を無効とする旨の審決があり、その謄本は同年一二月一七日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

本件登録意匠は、意匠に係る物品を蛇口接続金具として、昭和四七年四月八日登録出願し、昭和五一年三月一七日登録になつたもので、その要旨は、雄ネジ筒と同筒部とを連設してなるもので、雄ネジ筒の内面には六角棒ハンドル挿入用の断面正六角形状の孔部を設け、円筒部の内面に雌ネジ部を設け、雄ネジ筒の直径を円筒部の直径より小とし、正面水平方向において両者の長さ比を一対一・四強とした態様と願書添付の図面及び願書の記載によつて認める。

これに対して請求人(被告)の提出した<証拠>は、一九六九年一月ボイトーフエルトリープ社(ベルリン三〇及びケルン)がドイツ国において販売した「ドイツ工業規格DIN三五二三」であつて、同刊行物は、昭和四四年七月二五日工業技術院標準部、日本工業標準調査会に受入れられ、一般に供覧されたもので、これに記載された蛇口接続金具の意匠(図示されたもの。別紙(二)参照)の要旨は、雄ネジ筒と円筒部とを連設してなるもので、雄ネジ筒の内面には六角棒ハンドル挿入用の正六角形をずらして二個重ねた断面形状の孔部を設け、円筒部の内面に雌ネジ部を設け、雄ネジ筒の直径を円筒部の直径より小とし、正面水平方向において両者の長さ比をほぼ一対三とした態様と認める。

そこで両意匠を対比するに、両者は、雄ネジ筒と円筒部の直径に差を設け、段違い状とし、雄ネジ筒の内面に六角棒ハンドル挿入用の孔部を設け、円筒部の内面を雌ネジ部とし、正面水平方向の長さを、雄ネジ筒に対し円筒部の方を長くした基本形態について共通しており、この点は、全体的なまとまりとしての両意匠の特徴を最もよく表している点といえるから、類否の判断を支配する要部と認める。これに対し、両者は孔部の形状及び正面水平方向の雄ネジ筒と円筒部の長さ比について差異があるので審案するに、前者は、本件登録意匠の類似第一号にみられるように、雄ネジ筒内面の端面の態様にすぎないから全体に対する影響は小さく、後者も、外観上さほど大きな差異でなく、前記<証拠>にもl1一四対l2二〇として本件登録意匠とほぼ同一比率のサイズも表示されていることからみても本件登録意匠の特徴とすることはできないから、結局差異点はいづれも部分的なものである。

以上述べたとおりであるから、要部において共通している両意匠は、部分的な点について差異があつても全体として類似しているものというほかない。

したがつて、本件登録意匠は、その登録出願前国内において頒布された刊行物に記載された意匠に類似するものであるから、意匠法第三条第一項第三号の規定に該当し、同法同条の規定に違反して登録されたものとして、その登録は無効とする。

三  審決を取り消すべき事由

審決は、被告の不争義務違反を看過し、さらに本件登録意匠と引用刊行物記載の意匠との類否の判断を誤つたものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。

1  取消事由(一)

被告は、本件無効審判請求後である昭和五七年七月二七日に、本件登録意匠権について、当時の専用実施権者伊丹慶一から、期間を昭和六六年三月一七日までとして通常実施権の設定を受け、昭和五七年一一月二九日その登録を了した。

ところで、被告は、右通常実施権の設定を受けたことによつて、本件登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をすることができ、許諾者からの専用実施権侵害の追及を免れ、かつ競業者に対する優位性を取得しているのであるから、このような利益を享受しうる被告が本件登録意匠の登録の無効を主張することは信義則に反し、許されないものというべく、右不争義務に違反する被告の本件無効審判請求は却下されるべき筋合いのものである。

しかるに審決は、被告の右不争義務違反について看過したものであつて違法である。

2  取消事由(二)

審決は、視覚によらず観念的に把握した、意匠法上の意匠でないものと本件登録意匠とを対比して、類否の判断をなしたものであつて違法である。

意匠法上の意匠は、物品の形状、模様もしくは色彩またはこれらの結合であつて、視覚を通じて美感を起こさせるものであるから、意匠は、視覚でとらえられるものに限定され、視覚以外の五感や観念を通じてはじめて認識されるものは含まれないことは明らかである。

このことは、意匠法が、意匠登録出願に当たつては意匠を記載した図面または写真、ひな形、見本の提出を要求していること(第六条第一、第二項)からも明らかであり、特許庁における意匠審査基準においても、意匠登録の出願に際し、願書または図面中に文字、符号などを用いて形状等を抽象的に説明した場合には、意匠が具体的でないものとして、意匠法第三条本文の規定により登録されないものとしているのである。

右のとおりであつて、意匠法上の意匠は、文字、符号などを用いて表現することは許されず、文字、符号などを用いて表現されたものは、もはや意匠法上の意匠たりえない。

したがつて、本件登録意匠との類否の判断の対象とすべき意匠は、引用刊行物に図示されている意匠(以下「引用意匠」という。)と同じ寸法比のものに限定されるべきである。

しかるに審決は、右引用刊行物の付表に記載されている文字と数字に基づいて、右刊行物記載の蛇口接続金具の雄ねじ筒と円筒部の長さの比は一四対二〇であるとしてその意匠を把握したうえ、本件登録意匠と対比して類否の判断をなしたものであるから、視覚によらず、観念的に把握した、意匠法上の意匠でないものと対比したものというべく、意匠法第二条第一項及び第三条第一項第三号の規定の解釈を誤つたものである。

3  取消事由(三)

審決は、本件登録意匠と引用意匠との差異、すなわち正面水平方向の雄ねじ筒と円筒部の長さ比及び直径の比の対比について認定を誤り、その結果、両意匠の類否の判断を誤つて、本件登録意匠が引用意匠に類似するとした違法がある。

物品の形状とは、物品(物体)が空間を仕切る輪郭であるから、形状の意匠の類否の判断においては、美感の共通性に影響を及ぼすべき、物品が空間を仕切る輪郭、すなわち外形形状すべてについて考慮すべきことは当然である。

別紙(一)

参考図

両意匠各部の寸法比

したがつて、形状の意匠である本件登録意匠と引用意匠との類否の判断をなすに当たつては、その要部をなす、互いに連設した雄ねじ筒と円筒部との正面水平方向における外形、すなわち雄ねじ筒と円筒部のそれぞれの長さのみならず、その直径も対比する必要がある。

けだし、雄ねじ筒と円筒部との長さの比が同じであつても、雄ねじ筒と円筒部との直径の比、雄ねじ筒の長さと直径の比、円筒部の長さと直径の比、雄ねじ筒と円筒部を正面水平方向から見た場合の両者の面積比などの相違によつて、量感を異にし、看者に異なる美感を与えるものだからである。

ところで、本件登録意匠において、雄ねじ筒の長さと直径の比即ちL1/D1(別紙参考図に示す寸法比の記号をいう。以下、引用意匠を含め記号のみをもつて示す。)は〇・七、円筒部の長さと直径の比即ちL2/D2は〇・六七、円筒部と雄ねじ筒との長さの比即ちL2/L1は一・四三、正面水平方向から見た場合の雄ねじ筒の表面積と円筒部の表面積との比即ちS2/S1は二・一一であり、一方引用意匠において、雄ねじ筒の長さと直径の比即ちL3/D3は〇・五、円筒部の長さと直径の比即ちL4/D4は一・一五、円筒部と雄ねじ筒との長さの比即ちL4/L3は二・七七、正面水平方向から見た場合の雄ねじ筒の表面積と円筒部の表面積との比即ちS4/S3は三・三四である。

右のとおり、本件登録意匠の円筒部の長さと直径の比は〇・六七であるのに対し、引用意匠のそれは一・一五であつて、両者の比は約一対一・七と大きく相違しているので、本件登録意匠は看者に太短く剛直な感じを与えるのに対して、引用意匠は看者にそのような感じを与えず、両者は美感を異にしている。

また、前記のとおり、本件登録意匠の雄ねじ筒の長さと直径の比が〇・七であるのに対し、引用意匠のそれは〇・五であつて、その比は約一・四対一と相当異なつており、かつ前記円筒部の長さと直径の比を比較した場合とは逆に本件登録意匠の方の数値が大きくなつているので、両意匠の美観上の相違がより明確となつている。

さらに、前記のとおり、本件登録意匠の円筒部と雄ねじ筒を正面水平方向から見た場合の表面積比が二・一一であるのに対し、引用意匠のそれは三・三四であつて、その比は約一対一・四強と相当の相違があり、かつ雄ねじ筒には外周全面にねじ山を有し、円筒部は外周が平滑であることから、雄ねじ筒と円筒部との片側表面積比の相違は、看者に異なつた量感を与え、両意匠の美感が異なる傾向をさらに助長している。

さらにまた、前記のとおり、本件登録意匠の円筒部と雄ねじ筒との長さの比は一・四三であるのに対し、引用意匠のそれは二・七七であつて、両者の比は約一対一・九強と大きく相違しているので、この点も両意匠の美感を一層異ならしめている。

しかるに審決は、本件登録意匠と引用意匠における各雄ねじ筒と円筒部との直径の比、雄ねじ筒と円筒部の各長さと直径の比などについて全く対比することなく、本件登録意匠と引用意匠との類否の判断を行つたものであつて違法である。

4  取消事由(四)

引用意匠は雄ねじ筒の外周面にねじ溝を形成していない。即ち、引用意匠につき付表の数値によつてねじ溝を有すると解することは誤りである。仮にねじ溝が形成されているとしても、そのねじ溝は形状、寸法等に種々のものが存するから、引用意匠の雄ねじ筒外周面に形成されているねじ溝がいかなる形状のものであるか特定することができない。

右のように、本件登録意匠との類否の判断に多大の影響を及ぼす引用意匠の右ねじ溝について、それが形成されていないか、形成されているとしても、一定の形状に特定できないにもかかわらず、審決は、右ねじ溝は特定の形状を有するものとして、本件登録意匠と引用意匠との類否の判断をなし、本件登録意匠は引用意匠に類似しているものとしたものであつて違法である。

第三  被告の答弁及び主張<省略>

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

1  取消事由(一)について

被告が、昭和五七年七月二七日に、本件登録意匠権について、当時の専用実施権者伊丹慶一から、期間を昭和六六年三月一七日までとして通常実施権の設定を受け、昭和五七年一一月二九日その登録を了したことは、当事者間に争いがない。

ところで、原告は、通常実施権者たる被告が本件無効審判の請求をなすことは信義則に反し、許されない旨主張する。

しかしながら、専用実施権者から通常実施権の設定を受けた者が、当然に、実施許諾を受けた登録意匠の登録の無効の審判を請求することができないということになると、無効事由を含むと判断される登録意匠の実施をした場合においても実施料の支払いを継続しなければならないという不利益を受けることになり、これをも甘受するものとすべき合理的理由はないから、通常実施権者であつても、右無効審判を請求することは、特段の事情のない限り、信義則に反するものではないものと解するのが相当であり、右特段の事情の存在につき主張、立証のない本件では、原告の右主張は理由がない。

2  取消事由(二)について

<証拠>によれば、引用刊行物(ドイツ工業規格DIN三五二三)には、別紙(二)記載のとおり、蛇口接続金具の正面水平方向における形状と右金具の雄ねじ筒の断面形状が図示されていること、同図には数値の表示はなく、付表に数値が記載されていることが認められる。

ところで、原告は、本件登録意匠の類否の判断の対象とすべき意匠は、右引用刊行物に図示されている意匠、即ち引用意匠と同じ寸法比のものに限定されるべきであるのに、審決は、引用刊行物の付表に記載されている数値に基づく、正面水平方向の雄ねじ筒と円筒部の長さの比により、意匠を把握して、両意匠の類否の判断をなしたものであるから、視覚によらず、観念的に把握した、意匠法上の意匠でないものと対比した違法がある旨主張する。

しかしながら、いわゆる引用意匠につき、本件のように刊行物の記載によつてその意匠を把握特定するに当たつては、図面のみならず、文章による表現を参照できるものと解するのを相当とする(意匠法第六条第四項ないし第八項参照)。そして、<証拠>によれば、本件における刊行物はドイツ工業規格書であることが認められるところ、<証拠>によれば、このような規格書は、物品の形態について全体の概要を把握できる程度に図示し、この図示された基本的形態に基づいて、付表等文章によつて各部の寸法等を明確に規格したものとして作成、提示されているものと解するのが相当である。右刊行物につき、右のように解すべき妨げとなる特段の理由は見出せない。

してみれば、審決は、前記当事者間に争いのない「審決の理由の要点」の記載から明らかなとおり、本件登録意匠と対比すべき引用意匠を、引用刊行物における図面に基づいて物品蛇口接続金具の基本形態として把握して特定したうえで、その要旨を認定し、引用意匠と本件登録意匠とを対比して、その要部を認定し、両意匠の相違点の一つである正面水平方向の雄ねじ筒と円筒部の長さ比については、外観上さほど大きな差異ではなく、引用刊行物の付表の数値を参照し、この数値によつて本件登録意匠とほぼ同一比率のものが表示されていることからみても、本件登録意匠の特徴とすることはできず、右相違点は部分的なものである旨認定して、要部において共通している両意匠は全体として類似しているものと認定、判断したものであるから、誤りはない。

原告が提出する<証拠>は、本件と事案を異にし、適切でない。

なお、原告は、意匠は文字、符号などで特定することは許されない旨の主張の根拠を、<証拠>(意匠審査基準)にも求めているが、同基準中2・(4)の記載は、意匠を、願書又は図面中に文字、符号などを用いて形状、模様及び色彩に関して説明をすることができることを前提に、その説明が抽象的であつて意匠の特定ができない場合をもつて登録をすることができない一例としていると解すべきものであつて、およそ意匠の特定に当たつて図面以外の文字、符号を用いてはならないことを意味するものではない。

よつて、原告の(二)の主張は採用することができない。

3  取消事由(三)について

<証拠>によれば、本件登録意匠、引用意匠はともに、蛇口接続金具に関するものであつて、本件登録意匠の要旨は、雄ねじ筒と円筒部とを連設してなるもので、雄ねじ筒の内面には六角棒ハンドル挿入用の断面正六角形の孔部を、円筒部の内面に雌ねじ部をそれぞれ設け、雄ねじ筒の直径を円筒部の直径より小とし、正面水平方向において両者の長さ比を一対約一・四三としたものであり、引用意匠の要旨は、雄ねじ筒と円筒部とを連設してなるもので、雄ねじ筒の内面には六角棒ハンドル挿入用の正六角形をずらして二個重ねた断面形状の孔部を、円筒部の内面に雌ねじ部をそれぞれ設け、雄ねじ筒の直径を円筒部の直径より小とし、正面水平方向において両者の長さ比を一対約二・七七としたものと認められる。

そこで、両意匠を対比するに、両者はともに、基本的形態において、その内面に六角棒ハンドル挿入用の孔部を設けた雄ねじ筒とその内面に雌ねじ部を設けた円筒部とを連設し、雄ねじ筒の直径は円筒部の直径より小であつて、段違い状となし、正面水平方向の長さは雄ねじ筒に対し円筒部の方を長くした構成であつて、両意匠は、この点において共通しているということができ、右共通点は蛇口接続金具の意匠として全体的なまとまりを形成すべきものであることは明らかであるから、右基本的構成態様は、看者の注意を惹くものであつて、両意匠の要部をなすものと認めるのが相当である。

ところで、本件登録意匠と引用意匠は、正面水平方向における雄ねじ筒と円筒部との長さ比に前記認定のとおりの差異があり、また、<証拠>によれば、両意匠の雄ねじ筒の長さと直径の比、円筒部の長さと直径の比などについて原告主張のとおりの差異があることが認められるけれども、雄ねじ筒の長さと直径の比に関する両意匠の差異はさしたるものとはいえず、右<証拠>によれば、引用刊行物の付表には、円筒部の長さ二〇ミリメートル対直径三二ミリメートル、あるいは長さ二五ミリメートル対直径三九ミリメートルなる本件登録意匠におけるそれと僅かの違いがあるにすぎない比率となる寸法も表示されており、雄ねじ筒と円筒部との直径の比についても、本件登録意匠におけるそれと僅かの違いがあるにすぎない比率のもの(雄ねじ筒の直径二〇ミリメートル対円筒部の直径二七ミリメートル)が表示されていることを認めうることなどからすると、本件登録意匠の雄ねじ筒及び円筒部の各長さ及び直径の数値、そしてそれらの各比率は、引用意匠との対比において、本件登録意匠の特徴とすることはできないから、本件登録意匠と引用意匠の前記差異は部分的なものにすぎず、前記のとおり要部において共通している両意匠は、全体として類似しているものというのを相当とする。

したがつて、審決が、本件登録意匠と引用意匠における各雄ねじ筒と円筒部との直径の比、雄ねじ筒と円筒部の各長さと直径の比など原告主張の点が両意匠の差異としてこれらを対比することなく、両意匠の類否の判断を行つたことには、結局何ら違法はなく、原告の(三)の主張は理由がない。

4  取消事由(四)について

原告は、引用意匠は雄ねじ筒の外周面にねじ溝を形成していないと主張し、その理由として、引用意匠につき付表の数値によつてねじ溝を有すると解することは誤りであると述べる。然しながら、引用意匠につき本件のように刊行物の記載によつてその意匠を把握特定するに当たつては、図面のみならず付表等文章による表現を参照できると解するのを相当とすること、及び本件における刊行物がドイツ工業規格書であつて、同刊行物に図示された基本的形態に基づいて付表等文章によつて各部の寸法等を明確に規格したものとして作成、提示されていると解すべきものであることは前説示のとおりであり、しかして、<証拠>によれば、引用意匠のねじ溝の部分は、右のドイツ工業規格に定められたねじの図法に基づいて図示されたものであることが認められるので、してみれば、引用意匠は、雄ねじ筒の外周面にねじ溝を形成していると解することができるから、原告の右主張は採ることができない。

そして、<証拠>によれば、引用刊行物の記事中に、引用意匠のねじについて、「DIN二五九によるウイットワース筒ねじ」と記載されていることが認められ、この事実によれば、右記載によつてねじ溝の形状は特定されているものと認めることができる。原告が提出する<証拠>は本件と事案を異にし適切でないし、同様<証拠>によつても右認定を左右するに至らない。

したがつて、原告の(四)の主張も理由がない。

なお、ねじ溝の形状は、類否の判断を支配する要部とは認められないから、審決が、ねじ溝の形状について、両意匠の類否の判断の要部としなかつたことに誤りはないものというべきである。

以上のとおりであつて、審決には、原告主張の誤りはない。<以下、省略>

(裁判長裁判官秋吉稔弘 裁判官竹田 稔 裁判官濵崎浩一)

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